お知らせ

本当の自分として生きる自由

neko ブログ

透明人間 / 透明な痛み

生きづらさの正体を知りたくて、 私は、複数の行政機関を訪ねたことがあります。
そこで言われたのは「何に困っているんですか?」、「そんな風に見えないですね」「知りませんでした。勉強になります」という言葉でした。相手に悪気がないことはわかっていました。ましてや脳の中身を開けて見るわけにもいかないですし、具体的な数値があるわけでもありません。そこで、見えない苦しさを知る難しさを痛感しました。

また、発達障害はここ最近知られてきた言葉で、その当時はケースが少ないので、社会全体の認知が進んでいない側面もありました。その方も、どう対応していいかわからなかったのかもしれません。しかし、私は、自分がどこへ行っても理解されないのではないかと、心にガラスの破片がつきささり、その痛みは心に「透明」な壁を作りました。街の喧騒も誰かの言葉も、私には届きませんでした。まるで、音のない街で、一人で生きているような感覚でした。

透明な顔

仕事も続かない、将来どうしたらいいのかもわからない。自責、不安、混乱、嫌気など苦悩の色彩が、私の心を深く沈み込ませていました。いつしか、私は心の病気を患いました。

答えのない問を毎日のようにただ延々と一人きりで抱え、私の心は深く沈み込んでいきました。まるで「透明」な血を流しているように、心は奥底で重く沈み、再び浮き上がることはできませんでした。

それは、ただ毎日を生きることが、砂を噛むような孤独な時間でした。「自分は劣っている。自分は生きる価値がない」と自分を責め続けました。「こんなはずじゃない。もっと違う今日があったのに。明日になれば変わるかもしれない。」と自分を恨みました。誰も知りえない心の傷となり、癒えずに傷跡だけが私の中に残りました。そして、傷跡を隠して彷徨っていました。

発達障害の特性を無くすことは難しく、社会に適応していくために、このハンディキャップを補うことに必死にもがいていました。

人間関係をなんとか維持しようと、相手の考えを過剰に読み取り、それに合わせて自分を偽っていました。 嫌われないように、否定されないようにと自分を偽り、望ましい方向に演技をします。今自分がいったい、どんな顔をしているのかわからなくなりました。

いつの間にか、誰かに顔を盗まれてしまったようでした。「透明」になった顔に違う誰かの顔を貼り付けて過ごすようになりました。平然としながらも、白鳥のように、目に見えない水面下で必死に足をもがいていました。周りに良く思われることが最大の自分を守る防衛になっており、人の好意で自分を守ろうとします。

本当の自分を押し殺し、自分を偽って生きていました。それは、自らが望んだ姿ではなく、自分を守るために、そうしなければ、私は生きていけなかった。だから、誰にも気づかれないように平気なふりをしたりして、無理やり笑ってしまう。

嘘の自分が受け入れられていても、毎日が常に綱渡りのような感覚で、心が休まることはありませんでした。良い人を演じているために、慕われたりすることもありますが、そこから抜け出せません。そして、その先には虚しさだけが残りました。偽りの自分でいる限り、真の心のつながりは得られないという現実を突きつけます。

正解探し(時限爆弾)

心の矢印

特性という爆弾を抱えているために、常に危険に備えなければなりません。ふとどこかで、自分の何かがばれて否定されるのでは、どこかに落とし穴があるのでは、恐怖が常につきまといます。個人差はあると思いますが、私の場合は発達障害故に「できること」と「できないこと」の差が激しいタイプでした。周囲は、「できる」ところに基準を置きます。だからこそ、より理解されず「できないこと」に対して否定されます。ばれてしまうと。水の上をギリギリ生きていました。

私の苦悩の背景には、人から愛され、認められたいという期待と、否定されることへの根源的な恐れがありました。

拒絶されるのではないかという恐怖から、自分の本当の気持ち、弱い自分、ダメな自分を隠して一番の関心事は人に受け入れられるかどうか、人に嫌われていないかどうかということになっていきました。自分の言動が誰かにどう思われるか、相手の意図や考えがよくわからない、常にざわついた不安がつきまといます。

他人の感覚や感情に振り回され、自分の選択に自信が持てなくなり、「どうすれば正解なのか」と常に正解を探し求めるようになりました。

人の評価や顔色、成功、失敗といったものに翻弄されるうちに、心の空は曇り、自分の感覚で生きれなくなってしまい、生きづらさの険路に迷い込んでいました。人生に正解などないはずなのに、私は正解を求め、「私はいったい、どこにいるのだろうか?」、「何を目指しているのだろうか?」と私の心の矢印は、方位を見失っていました。

ありのままの青

白になりたかった青

生きづらさから抜け出すためには、「完全ではない、不完全な人間である自分」を許すことが必要でした。完全ではない側面があるのが問題ではなく、その側面に固執することで生きることが苦しくなりました。誰もが不完全であり、完璧な人間など存在しないし、人間は不完全であり、どんな人の心の内側にも闇があります。「人間は素晴らしい存在であり、どんな人にも良心がある」教えられていた私にはそれを受け入れるまでに少し時間がかかりました。

病気や障害を受け入れられない、このままではいけないと自己を責めてしまうこともあるかもしれません。無理に受け入れる必要はないです。ただ、その気持ちも含めて自分の中にもグラデーションという色があることを知ってほしいのです。発達障害という特性は、私自身すべてではありませんでした。それでも、それは確かに私の一部でした。

完璧で誰からも否定されない、自由な存在になりたかった。私はずっと、白に近づきたかった。
私は、「白」に近づくことを辞めることが本当は怖かった。それでも、自分自身に問いかけて、ありのままの「青」である自分を愛すと決めました。その決意を、LUNKHEADの音楽が何度も後押ししてくれました。

「僕たちは皆、本当は最初から全部を持っている」
「それは見失い、忘れてしまう それでも無くしたりはしないんだ」
「ただ、本当に、ただ本当に大事なものだけは抱えたまま」
「またゆるぎない、この揺るぎない、心のままいきていけるように」
 「LUNKHEAD 『果てしなく白に近づきたかった青CD 「青に染まる白」発売より引用

彼らの奏でる心の歌が、青い音となって私に教えてくれました。花は、自分の色を疑わない。だから、花は咲いている。今は咲けなくてもいい。それでも、そのつぼみを、どうかあなただけは、見守ってほしい。

以前の私は「青」という名の劣等感を受け入れられなかった。不完全な自分を許せなかった。自分とは違う誰かになろうとしていました。

私は、私を好きでいたい。優れているから価値があるわけじゃない。
今はそう言えます。

本当の自分として生きる自由

心の羅針盤

最終的に気づいたのは、誰かのためだけでなく、自分のために生きることで、本当に大切な「あなた」のために生きる道が拓けるということを。誰かが決めた正しさではなく、拒絶を恐れず、自分の感覚のままに生きて、それを自由に表現できた時、自由を感じられました。そして、生きづらさも少しずつ和らいでいきました。

自由とは、「心の羅針盤が指し示す場所を信じること。そして願い、行動すること」。自分を守れるのは自分だけです。

心の羅針盤、その針は、私が本当に生きたいと願う場所を、静かに指していました。

人間関係に悩むと他人を変えることは難しいから、「自分を変えようと」と自分を変える必要性を考えますが、他人の目を気にして自分を変えることで本来の自分を見失ってしまうことほどつらいことはないと思います。

もちろん心のありかたとして見方やとらえ方を変えることも時には必要ですが、やはりしんどいものはどう考えてもしんどいものです。

否定される関係が続く場合、居場所を変えてみるのはどうでしょう。すぐには難しい、居場所を変えるのは現実的に難しい場合は、第三の場所を見つけていくことも必要だと感じます。また、尊重してもらうために話し合うことも時には必要でしょう。どの道を選んでも、その結果に「これが私の選んだ道だ」と受け入れることで、私たちは本当の意味で自由になれるのではないでしょうか。

自分のいる世界だけがすべてだと信じていると、やがて生きづらさに直面することがあります。しかし、どんな自分も受け入れ、自分のために生きる。私はこの道を選びました。生きづらさからの抜け道は、一人ひとり違います。

答えは、もしかしたらあなた自身の内側にすでにあるかもしれません。誰かとの「つながり」の中に見つかるのかもしれません。自分から逃げてもいい、嘆いてもいい、それが答えになることもあります。何もしなくていい、何とかしなくてもいい、何も変わらなくていい、そこにいてくれるだけでいい。あなたは必死に生きている。大切なのは、信頼できる人やあなた自身の心が安らぐ場所を見つけることだと思っています。

心のままに、感じているままに、ありのままのあなたでいられるように。どうかあなたの心が少しでも休まりますように。