免責事項
この記事は、特定の疾患の診断や治療法を提供・指導するものではありません。また、医療行為や自己治療を推奨するものではありません。筆者は医師、公認心理師等の医療資格を有していません。生きづらさの根本的な理解を深めるための情報提供を目的としています。あくまで筆者の個人的な解釈と経験を共有するものです。医学的なアドバイスや診断については、専門家にご相談ください。
心理的な問題や心身の不調でお困りの場合は、必ず専門家(医師、公認心理師、臨床心理士など)に相談してください。
今すぐ、RSDの感情的な痛みに向き合いたい方へ
生きづらさからの抜け道は、一人ひとり違います。あなたの道は、きっと私とは違うでしょう。それでも、この記事が、あなたの生きづらさを和らげるための、一つのきっかけになれば幸いです。
この記事は情報量が多く(2万文字近く)、最後まで読み切ることに疲れてしまうかもしれません。もし、今すぐこの耐え難い感情に向き合いたい、または読むことに疲れてしまったと感じたら、以下のセクションだけを読むことをお勧めします。その他の内容はまたお時間がある時にぜひ。
拒絶感受性不快感とは?
拒絶感受性不快感(RSD:Rejection Sensitive Dysphoria)は、拒絶や批判に遭遇したとき感じる極度の感情的感受性・極度の感情的痛みのことです。拒絶されることに敏感になり、恐れるあまり強い不安を抱いてしまう状態のことであり、いつ自分の考えを否定されるのかと常に強い不安感じます。RSDは、医学的な病気ではなく、正式な診断でもありません。
なぜRSDが起こるのか、正確にはわかっていません。しかし、脳の構造が関係しているのではないかと考える人もいます。ADHDの生来の特徴である可能性が高い脳ベースの症状を説明する概念であり、ウィリアム・ドッドソン博士によって紹介された概念として、ここ最近注目されていますが、まだ研究が不十分な状況です。
他者から、拒絶されたり批判されたりしたという認識(必ずしも現実ではない)によって引き起こされ、RSDの感情の激しさは、「傷」と表現されるほどの痛みです。また、自分自身の高い基準や他人の期待に応えられないという、自己不全の感覚によって引き起こされることもあります。耐えがたいほどの感覚であり、胸を刺されたような、殴られたような感覚が生じ、心臓が沈み、胃が締め付けられ、前かがみになり、顔をしかめ、胸の辺りを掴むような反応を示すこともあります。
その反応は、そのきっかけとなった出来事の性質に比例してはるかに大きく、一過性のものであり、数時間でベースラインの気分に戻ります。RSDは痛みを伴い、トラウマになることもありますが、RSDはトラウマによって引き起こされるとは考えらいないようです。
拒絶感受性不快感はどのように感じますか?
ADHDの人が甘えているだとか、気が弱いとかではありません。感情的な反応が、RSDのない人よりもはるかに傷つきやすいです。拒絶されたり、批判されたりするのが好きな人はいません。
ADHDの人々にとって、それらの経験は、定型発達の人によく見られる正常な感情反応とは一線を画しています。それらは耐え難く、非常に精神的苦痛を受けます。RSDの耐え難い痛みは、しばしば筆舌に尽くしがたいものです。
私、個人的にはRSDがADHDの症状からくる経験の中で最も障害的で苦しい側面であると感じています。自身の2次障害、主に気分障害、パニック障害、不安障害のトリガーとして関与しているのではと感じています。AHDHの人にとって、壊滅的な悲しみや制御不能な怒りとして現れる可能性があります。私の場合は怒りというよりは壊滅的な悲しみとして現れます。人によって制御不能な怒りとなり突然、爆発的な癇癪を起すことがあります。
拒絶反応の感度を、見分けることは難しいですが、私の経験では一般的な人からの拒絶より特に重要な他者、大切な人からの拒絶の方がより強い痛みを感じます。RSDによって普遍的な気分から、大切にしていた物や大切な人を喪失したかのようなひどく深い悲しい気分へと突然変化します。痛みの原因となった人や状況に対して、突然の感情の変化により、ひどく悲観的・否定的に捉えてしまうこともあります。時に怒りとなって現れることもあります。
ADHDに伴う感情の過敏さ(RSD)と、生来的な感覚の過敏さ「HSP(Highly Sensitive Person)」が複合的に作用することで、生きづらさを増幅させている可能性があります。
RSDは、ADHDの人に拒絶反応を予想させることがあります
RSDは、ADHDの人に拒絶反応を予想させることがあります。可能な限りそのような状況を避けるため、人付き合いを避けることや他者に対して強い警戒心を抱くことがあります。対人恐怖症は、人前で話すことや他人と接することなど、人との交流を避けたがる傾向がある症状のことを指します。
対人恐怖症は、人前で恥ずかしい思いをしたり、外界から厳しく詮索されたりすることへの強い予期恐怖ですが、RSDの症状の場合は相手にいつ拒絶されるかわからないという不安から人間不信になったり、相手からの拒絶されることへの敏感さから不安が増大します。
常に厳戒態勢を敷き、社会的な状況で拒絶される可能性を予想して、緊張感を抱いていることを想像してみてください。かなり困難な道のりではないでしょうか。
ADHDとRSDの症状の増幅
RSDはADHDの症状を悪化させることがあります。例えば、拒絶されることを恐れると、自分の不注意や多動性が気づかれ、批判されるような活動に従事することをさらに躊躇するかもしれません。この恐怖は回避行動につながり、機会を逃したり、潜在能力を満たさなかったりする可能性があります。RSDは感情の調節に直接影響します。RSDの人は、拒絶や批判と解釈する状況に対して、強い感情的反応を経験します。
RSDが何度も繰り返されると、この苦痛に意味を与えようと苦痛に対して、「やはり私には問題があるからだ」という「解釈」を与え、RSDの警報をさらに増幅させる可能性があります。また、RSDからくる激しい苦痛を避けるために、ADHDの人は特定の対処スタイルをとることがあるといわれており、これらは不適応な対処をさらに強化する可能性があります。
拒絶されないための絶え間ない努力(過剰補償)
周りから認められるために無理をしてでも頑張る
積極的に人と関わるものの無理をしすぎてしまう方もいます。その根底には「嫌われたくない」「拒絶されたくない」という思いがあります。仕事では誰よりも頑張り、成果を上げようとします。しかし、これは終わりがありません。
人から拒否されないことが目的なので、常に何かを達成しなければいけないからです。その結果自分自身に難しい課題を課してしまい、達成できず自己肯定感が低くなり、症状が悪化するという悪循環に入ってしまいます。
いつも良い人であり、自分より他者を優先するように
トリガーとなる出来事を避けるため、出会うすべての人をどういう人かスキャニングし、何を好むか、その人が何を賞賛しているか、どのような価値観を有しているかを把握しようとします。人々に嫌われないよう、すべての人に良い顔をしようとします。常に周りに気を遣い、期待に応えるべく、自己を望ましい方向に演じたり、人を喜ばせたりするようになります。
そして、本来の自分を隠し、偽り、良い自分を他人に見せてしまうのです。多くの場合、これはあまりにも支配的な目標になり、自分の人生に何を求めていたかを忘れてしまいます。これが行き過ぎてしまうと、自分が本当に望んでいるものは何なのかわからなくなる危険性があります。
努力をやめる努力(回避)
拒絶される不安から積極的にかかわることを辞めてしまう
人前で失敗したり、新しいことに挑戦した結果うまくいかなかったりして苦痛を感じるリスクが高まってしまうため、そうしたリスクのある行動は極力とらないようになります。何としてでもリスクの無い選択肢を見つけ出そうとしたり、苦痛の発生しそうなものはなるべく諦めようとします。不安を誘発する活動を避けてしまうことがあります。
さらに、RSDは自己認識や対人関係に劇的な影響を与える可能性があります。拒絶や批判を常に恐れていると、自尊心が低くなったり、自分に価値がないと感じたりすることがあります。人間不信に陥りやすく、いつか人から拒絶されるのではないかという不安から他人を信じられなくなってしまい、極端に人を避けてしまうことがあります。傷つくくらいならと、親密な関係自体を避けるようになります。
また、RSDの人は無害なコメントを批判と誤解することがあり、対立や社会的交流からの引きこもりにつながり、人間関係に亀裂が入ることもあります。RSDはADHDの人々が社会的な状況や新しい挑戦を避ける原因となり、不安から自分守るために積極的に人との交流を避けることで、自尊心の低下、孤立を引き起こす可能性があります。
意見を言わず、相手の要求に盲目的に従う(服従)
人間関係における服従
自分がどんなに不満や怒りを感じていても、「これを言ったら嫌われる/拒絶される」という恐怖から、一切意見を言わない。相手からの不当な要求(時間、労力、金銭など)であっても、「ノー」と言えず、自動的に引き受けてしまいます。自分のニーズを後回しにし、常に相手のニーズを予測して先回りして提供することで、関係を維持しようとします。
感情の服従
拒絶されたくないという恐怖から、自分の意見や感情を抑え込み、相手の要求に盲目的に従います。これは、一時的に拒絶を回避できても、自己否定と自己犠牲を深め、生きづらさをさらに強めます。どんなに辛くても、他者に心配をかけないように、常に明るく、元気な自分を演じたり、 怒り、悲しみ、不満といったネガティブとされる感情は、関係を壊すものと捉え、感じないように努めたりします。
幼少期に自分を守るために、人の顔色を伺って、良い人を演じてきた経験から、社会に出ても、愛想をよくして、人の顔色を伺っていくようになります。現実の自分ではなく、理想的な自分になって、人に好かれないといけない、人に嫌われてはいけないと思って、他人に自分の存在を承認されることで、自己の肯定感を得ようとします。
RSE(拒絶感受性エンゲージメント)
RSE (Rejection Sensitive Engagement) は、RSDによる極度の痛みを回避するために、その苦痛を起点として生まれる関わり方を指す概念です。RSDのように認知された用語でもありません。
小さい頃は、良い人でいることが私自身の身を最大限に守る方法でしたが、大人になればなるほど生きづらくなり、自分を苦しめていきました。理想的な自分になろうとすればするほど、本来の自分とのギャップに苦しみ、落ち込みます。良い人でいることが重荷になり、リスクになり、体が悲鳴を上げていました。大人になっていくにつれて、本当の自分を見失って苦しむことになりました。
いつも愛想を振りまくことで、苦難を乗り切ろうとしていました。いつか耐えれなくなり、心身が限界に達します。膨らんだ心の借金は、いずれ返済を求められます。ADHDとRSDだけでなく、反芻が重なって、より症状が増幅されている人も少なくないようです。
この私の行動パターンは、拒絶の激痛を避けるために他者との関係に過剰に関与し自分を守るものであり、RSE(拒絶感受性エンゲージメント)という概念で説明されることがあります。幼い頃の私にとって、これらの行動は、過酷な環境を生き延びるための生存戦略でした。これらの行動は、その時点では私を守るために必要でした。しかし、大人になった今、それが私を生きづらくする鎖となりました。
- 拒絶の予測:常に他者の期待を先読みし、拒絶される隙を与えないように過剰な努力を続けます。周りから嫌われないよう、すべての人に良い顔をしようとする。
- 承認の要求:拒絶の痛みを打ち消すための唯一の報酬として、他者からの肯定的な承認を追い求めます。本来の自分を隠し、偽り、良い自分を他人に見せてしまう。
- 自己保護:偽りの自己を演じることで、「本当の自分」が拒絶されるのを防ごうとする切実な防御戦略です。
私の場合 ADHDの不注意によるミス → 周囲からの批判や自己批判(RSDのトリガー)→ RSDによる激しい痛み → 反芻地獄(ワーキングメモリの制御不足) → 自己否定の強化 → 次の不注意への恐怖(回避行動やRSE)…という負の連鎖がありました。
この行動を私は手放しました。それは、過去の私を捨てることではありません。かつて私を守ってくれた行動(わたし)に感謝を伝え、これからは、新しい行動パターン(あなた)と共に生きています。この変化は、スキーマ療法などの心理療法を通じて、不適応な生存戦略を手放し、新たな自己受容の基盤を築いた結果です。
実際、この極度の拒絶回避の努力(顔色を伺う体験)は、私に一つの皮肉な力をもたらしました。常に他者の微細な感情や認知を予測し分析し続けた結果、私のメタ認知能力(自分の思考や感情を客観視する能力)は、発達したと自己分析しています。後の私自身の感情と認知のメカニズムを解体し、RSDの悪循環モデルを構築・考察する鍵となりました。
メタ認知能力が高い人ほど、言葉の裏にある「評価」や「上下関係」のニュアンスに気づきやすく、その言葉が「適切ではない」と感じたときに、強い不快感や怒り(怒りとしてのRSD)を感じやすい可能性があります。
拒絶反応の過剰な不快感を引き起こすものは?
通常、次のいずれかに当てはまるエピソードによって引き起こされる激しい気分の変化を特徴としています。
- 拒絶(愛、承認、または尊厳の否定)
- いじめ
- 建設的な批判、さらなる情報の要求、中立的なフィードバックを拒絶と誤解する
- 現実の失敗や失敗の認識によって引き起こされる持続的な自己批判
拒絶感受性違和感想に関する新しい洞察–ウィリアム・ドドソン医学博士
新しい気分の波はすぐに押し寄せてきて、一般的に、自分をひどく傷つけた人や状況に対する怒りや悲しみとして表現されます。気分はすぐに正常に戻るため、ADHDの人は1日に複数のRSDエピソードを経験する可能性があります。
拒絶感受性不快感の特徴は?
拒絶感受性不快感に苦しむ個人は、以下の行動を示すことがあります。
- 実際の、または認識された批判や拒絶に続く突然の感情の爆発
- 重要な他者からの拒絶認識による極度の感情的痛み(全否定された感覚)
- 自分を責めるネガティブなセルフトークや自傷行為・希死念慮を抱く
- 自尊心と自己認識の低さ
- 実際に拒絶された経験について、思考の反芻と思考への固執
- 人間関係の問題、特に常に攻撃されているのではと感じ、防御的に反応する
- 拒絶反応が実際には起こっていないのに拒絶反応を知覚する
- 小さな拒絶を壊滅的と見なし、拒絶されることへの慢性的な恐怖
- 欠陥を隠すために、本当の感情を抑圧する
- 失敗したり批判されたりする可能性を避けるための社会的な状況の回避、撤退、引きこもり
(①RSDは社会不安障害と区別がつかないことが多い)」
①RSD、社会不安障害を併せ持つ場合はその境界線は非常に複雑で曖昧だと言われています。特にADHDやASDの人は、RSD(感情の激痛)と、特性による社会的困難(SADと似た不安)が絡み合っているため、区別は専門家でも難しい場合があります。
拒絶感受性不快感は気分障害とどう違うのか?
RSDの特徴は、拒絶、批判、などの明確な出来事によって引き起こされ、強烈ではあるが短期間の感情的な苦痛です。気分障害は次のような特徴があります。
気分障害(感情障害)は、気分が過度に落ち込んだり高揚する状態が一定期間続き、日常生活に支障をきたす病気です。主に「うつ病」と「双極性障害」の2つに分類されます。エピソードの期間は2週間以上であり、気分は、その人の人生で起こっていることとは無関係です。気分の変化は数週間かけて徐々に行われます。
一方、RSDは気分の変化には、必ず明確なきっかけがあり、気分の変化は一時的なものです。エピソードは短期間ですぐに終了し、エピソードが数時間以上続くことはめったにありません。
言い換えれば、ADHDとRSDの気分は、その激しさを除けば、数時間以内にベースラインに急速に戻る、短期間の誇張された変化を反映する傾向があります。
拒絶感受性不快感は癇癪とどう違うのか?
RSDは医学的診断ではありませんが、その発現が特に子どもや未成年者において癇癪(衝動制御の欠如)と見分けがつきにくい場合があります。癇癪とRSDの爆発は外見上似ていますが、「原因」「自覚の有無」「本質」が異なるといわれています。
一般的な癇癪、欲求不満の表現、要求を通すための行動です。感情のコントロールはできていないが、行動自体は意図的な側面があります。特定の対象(親、要求を拒否した相手など)への直接的な主張が目的です。行動療法などが適応されます。
RSDの爆発は耐え難い感情的な痛みからの衝動的な防御・逃避です。その怒りは、「自己価値の否定」を知覚された拒絶や批判によって引き起こされる極度の感情的痛みが根源にあります。自動的な脳ベースの反応であり、行動自体に「要求を通す」という意図が介在しない可能性が高いです。痛みから逃れるための自己防衛的な感情の爆発であり、しばしば、自己批判または不適切な怒り(外在化)として現れます。
拒絶感受性不快感と向き合うには?
ADHDのサポートにおいて、RSDの影響を考慮することの重要性を感じます。RSDによって引き起こされる感情的な苦痛は、個人が経験する感情の波や行動の問題に大きく寄与し、日常生活や人間関係において大きな障害となり得ます。
そのため、ADHDのある個人は、RSDの症状を認識し、それに対処する方法を学ぶことが重要です。これにより、社会的な挑戦に対処し、より充実した人生を送るための第一歩となります。
私の場合、この破壊的な感情に名前があることを知り、RSDが何であるか、自分のせいではないこと、ADHDの人々がRSDを経験していること、そして自分だけではないことを知ることは非常に大きな助けとなりました。
強烈な痛みや壊滅的な感情はRSDによって起きていると知ることで、以前までの何も知らない状態に比べ、なぜなのか理由がわかったことによる安心感はあります。
私の個人的な経験と、これまでの学びを統合すると、RSD(拒絶感受性不快感)は、ADHDの過集中のような脳ベースの特性である可能性が高く、感情への痛覚過敏のような現象ではないかと考えています。
過集中の場合、「適切な集中力を身につける」というより「興味のある対象への過剰な集中をコントロールする」ことを目指すように、RSDの場合「過剰な感情反応を消す」のではなく「過剰な反応を調節する」ことを目標を立てるのがよいと考えます。
※すべての状況ですべての人に有効であるわけではないことにも注意してください。あなたが同じ方法を継続的に試みていて、それがうまくいっていない場合、それはおそらくあなたにとって正しい方法ではありません。様々な方法を試行錯誤しながら、自分に合った方法を見つけてください。
精神療法
RSDはトリガーが発生すると同時に起こるため、カウンセリングによってRSDの発症をすぐに止めたりすることは難しいと考えます。ただ、私個人的な体験を述べると、カウンセリングや認知行動療法、集団療法によって、RSDが起きたとしても後の感情や行動に対する対処法を学び、対応していくことで拒絶や批判のトラウマ化を防ぐことはできると思います。そうすることで、RSDを持つ人は感情をよりコントロールできると考えます。
集団療法
安心でき、尊厳を傷つけられない環境の中で、アサーティブな対話を通して自分自身が他者から受け入れられる体験をすることでRSDの症状で負った心の傷が人との関わりの中で癒され、再び人を信じることができるようになることがあります。他者との良い関係を築くことで、今の自分でいいんだと思え、自分に自信を持つことができます。
そうすることで相手の言動を大きく受け取ってしまったり、何度も拒絶されたことを考えてしまう、強い不安を感じてしまう、といったRSD特有の思考に陥りにくくなります。協力的な人々に囲まれることで、自己不信の瞬間に安心感を与え、前向きな自己認識を促すことができます。集団療法を通してソーシャルスキルトレーニングをすることでコミュニケーションスキルが開発され、拒絶に対する不安を軽減するだけでなく、自分の感情やニーズを表現しやすくするのに役立ちます。
※浅田院長先生は発達障害の臨床における著名な専門家であり、その引用は発達障害の生きづらさの複雑性を説明するために行っています。浅田院長先生とRSDの関連性はございません。
発達障害的なものを有している方は、大人になってもいろんな意味で過敏です。感覚過敏だけでなくて、対人関係にも過敏です。傷つきやすく、驚きやすく、想定外の相手の反応に動揺しやすいところが続きます。つまり、自分と異なるもの、他者と出会うことへの過敏さです。これは幼少期からずっと続いており。いわば小さな外傷体験の連続なので、それらに対して身を守るために身につけた方法が、頑なさであったり、こだわりであったり、直線的な思考方法であったりするのです。
言ってみれば、それらは自分の身を守る「外的骨格」「防護服」「鎧」のようなものです。しかも、発達障害の病理が重ければ重いほど、本人にしか通用しないことが多いものです。こうした外的骨格を、周囲とも共有するようなものに修正、変容させていくことが、極めて重要だと思います。ソーシャルスキルを学ぶというのは、社会で通用し共有することが可能で、他者ともコミュニケーションを可能にするソフトな「防護服」「鎧」を手に入れることなのです。
大人の発達障害について(2) – 浅田心療クリニック 院長ブログ (asadamentalclinic.jp)
カウンセリング
RSDはトラウマによって引き起こされたわけではありませんが、この痛みや感情がトラウマとなり日常生活を損なう恐れがあります。対人場面での感情や行動にはトラウマケアが有効なケースがあります。拒絶や批判のトラウマ化を防ぐためにも、反応に対処する方法をカウンセラーと一緒に構築していくことが大切です。
セルフコンパッション(自己肯定感の強化)
セルフ・コンパッションとは、困難やストレスに直面した際に自分自身に優しく接することです。これは次の3つの要素から成り立っています。1)自分への優しさ:自分の失敗や不完全さに対して、自分を批判するのではなく、優しく理解を示すこと。 2)共通の人間性:苦しみや失敗は人間の共通の経験であり、自分だけが経験しているわけではないと認識すること。3)マインドフルネス:辛い思考や感情を、抑圧したり回避したりせずに、ありのままに受け止め、観察すること。
失敗した時に自分を厳しく責めるのではなく、「誰でも失敗はある」と自分に優しく語りかけることで、ネガティブな感情が和らぎます。また、自分の苦しみは自分だけのものではなく、多くの人が経験していることだと認識することで、孤独感が軽減されます。さらに、ネガティブな思考や感情をオープンに観察することで、それらに巻き込まれることなく、適切な対処ができるようになります。
RSDは自分自身の高い基準や他人の期待に応えられないという、自己不全の感覚によって引き起こされることもあります。私たちは皆、間違いを犯し、そこから学んでいきます。セルフコンパッションで、一日を始めること、自分を大切に想うことで、自己不全の感覚が少しずつ軽減し、時間の経過とともにRSDの傷を癒すことができます。
自己肯定感が上がることで、拒絶された出来事があったとしても、「これは私がダメだからではなく、出来事がうまくいかなかっただけだ」と解釈できるようになります。つまり、拒絶という刺激と、自己否定という反応の間に「防護服」が機能し、感情的なダメージの深さを軽減します。
認知行動療法
※浅田院長先生は発達障害の臨床における著名な専門家であり、その引用は発達障害の生きづらさの複雑性を説明するために行っています。浅田院長先生とRSDの関連性はございません。
発達障害ことにASD(自閉スペクトラム症)の子どもは、心のアトピーと言われるくらい、自分と異なる他者や、自分に馴染めない環境に対して、過剰に心の免疫反応が起こります。自己にとって「異物」である他者や、想定外のこと、予定外のこと、馴染めない環境に、行動によるアレルギー反応(癇癪、固まる、逃避する、多動、自傷)を起こすのです。二者関係においてもそういうことが起きるのですから、ましてや、集団においては、そうした反応が大きくなります。
発達障害と集団 – 浅田心療クリニック 院長ブログ (asadamentalclinic.jp)
※認知行動療法(CBT)とRSDの有効性については、未確定です。また、スキーマ療法とRSDの有効性を示すデータはありません。これはあくまでも筆者の個人的な体験です。
※RSDの根源は脳であり、 RSDは、知覚された拒絶によって引き起こされる、文字通り「耐え難い」ほどの身体的な痛みや感情の激しさを伴う反応であり、これは、単に「考え方を間違っている」認知の歪みとして扱うには、その強度が大きすぎるという意見もあります。実際、この考え方からも示唆される通り、RSDの激しい反応が起こる瞬間には理性が働かず、「自動的に」生じるため、従来の認知修正は追いつかないという限界があります。
RSDは拒絶されたり批判されたりしたという認識(必ずしも現実ではない)によって引き起こされます。認識によってつまり認知の仕方に歪みや偏りがあればそれに伴いRSDが引き起こされる可能性があるのではと考えます。認知行動療法で自分の感情、主に拒絶や批判への恐怖をコントロールする方法を学ぶことは効果的だと私は考えます。認知行動療法は、不適切な思考パターンを認識し、よりバランスの取れたものに置き換える方法です。
私の場合、他の人より防衛本能が強く、初対面の方に対してひどく強い警戒心を持ってしまいます。また、誰かが二人で内緒話をしていると私の悪口をいっているのではないかと深く考えることがよくありました。家族や友達などの私に対して好意的な評価をしている人たちであってもです。 人と会話する時、相手の言葉だけではなく表情や声に注意して、相手の言葉の本当の意味を読もうとする『読心術的思考』を持ってしまいがちです。
しかし、感情による錯覚は頻繁に起こります。拒絶反応が実際には起こっていないのに拒絶反応を知覚することがありました。 読心術的思考が強すぎると、相手が自分に対して否定的・批判的な感情を持っている、あるいは持つかも知れないと錯覚し、ひどく落ち込むこみます。
認知行動療法や可能であればその場で発言の内容を本人に確認することによって『読心術的思考』の回数が明らかに減り、拒絶されるのではないかという対人不安や絶望感が軽減しました。また、小さなことを大きく捉えてしまう『過度な一般化』も多少ではりますが、防ぐことが出来きるようになりました。
また、以前の私は拒絶されるのではないかという恐怖から、自分の本当の気持ちや弱い自分、ダメな自分を隠して、時には自分とは違う人間を演じていました。人間関係をなんとか維持しようと周りから嫌われないように、否定されないようにと自分を偽って、演技をして嘘の自分が受け入れられていても、毎日が常に綱渡りのような感覚で休まる気がしませんでした。
私の中では認知行動療法の中のスキーマ療法が効果的で今まで着ていた重い鎧を脱いだような感覚になりました。詳しくは別記事に記載します。スキーマ療法の基本的な考え方は、過去の経験や記憶によって形成された「スキーマ」と呼ばれる認知的な枠組みを修正し、気分の安定を図ることです。自分自身の信念や価値観に気づき、自己認識を高め、それらがRSDの感情にどのように影響を与えるかを分析することで、より適切に対処していきます。
スキーマ療法は重い精神的な負担を伴う本格的な治療です。スキーマ療法は、過去の深いトラウマ的な経験に触れることが多く、感情の強い揺り戻しや、かえって精神的な不安定さを招くリスクがあります。決して自己判断や自己流で進めようとしないでください。また、全ての方が選ぶ必要はないと私は思っています。自分の「心の地図」を見つける道に、必ずしもスキーマ療法という手段が必要ではないからです。
スキーマは、幼い頃の経験から無意識のうちに作られた『心の地図』のようなものです。スキーマは専門的な治療だけでなく、誰かと心を通わせて話すことや、一冊の本(感動をしたり、深い内省を得られるなど)との出会い、ブログや日記、アート・音楽で言葉にできない深い悲しみや怒りを、色、形、音として表現すること、日々の小さな気づきなどによっても、ゆっくりと優しく変わっていき、気分の安定につながることがあります。
※スキーマ療法の現実的な課題
スキーマ療法はとても強力な心理療法ですが、すべての病院やカウンセリングルームで受けられる標準的な治療法(主流)ではありません。その専門性の高さから、現在もこの療法を実践できる専門家は限られています。スキーマ療法は、専門家の指導なしに自己判断で進めると、かえって精神的な不安定さを招くリスクが高い療法です。
また、この療法は保険適用外(自由診療)となることが多く、長期にわたる治療には経済的な負担が伴う傾向があります。そして、すべての心理療法と同様に、すべての人に同じ効果があるわけではなく、回復には時間と根気が必要です。
※重要なお願い:専門家への相談を強く推奨します
記載されたCBT(認知行動療法)の概念やステップは、自己理解のためのフレームワークを提供するものであり、正式な治療プロトコルではありません。CBTを実践される際は、公認心理師や臨床心理士などの専門家に相談し、指導を受けてください。また、より詳細な情報や技法については、信頼できる専門機関や書籍をご参照ください。
感情にラベリングする(RSDの認知的な知識と理解)
激しい感情に「RSDが発動している」と名前(ラベリング)を与え、受け身をとります。これにより、感情に飲み込まれる前の一歩引いた視点を得られます。
RSDの痛みで胸が締め付けられたとき、反射的に「私はダメだ」と自己を否定するのではなく、「ああ、これはRSDによる強い痛みだ」「これは失敗したことによる自分に対する恥の感覚だ」と意識的に言葉にします。
感情と自分自身が一体化している状態から、感情を一歩引いた視点で観察する「メタ認知」へと切り替わります。感情を自分自身から切り離すことで、感情の波に飲み込まれる前の時間と空間を獲得し、衝動的な行動をとる代わりに「受け身」の対処法(例:大きく深い深呼吸をする、場所を離れる)を選択できるようになります。
意味が分からない痛みより、理由がわかること痛みの方が精神的な安心感につながりました。この「切り離し」によって、感情は「自分自身」ではなく、「自分の外側で起こっている現象」として認識されます。
ジャーナリング①
ジャーナリングは、自分の思考や感情を自由に紙に書き出すことで、心を整理し、自己理解を深めるための実践的な方法です。日記とは違い、過去の出来事を記録するだけでなく、頭の中に浮かんだこと、感じていること、未来への希望などを、形式や文法にとらわれずに書き連ねていくのが特徴です。自己理解を通じて、RSDのトリガーへの理解や予測が深まります。
ジャーナリングは、心の声に耳を傾け、自分の内側で何が起こっているかを理解するための強力なツールです。ノートとペンを手に取り、自分の思考や感情をありのままに書き出すことで、その存在に気づき、無意識に繰り返している心のパターンを客観的に見つめることができます。
ジャーナリングを通じて、自分自身と対話する習慣が身につきます。自分を責めることなく、労わり、励ます言葉を書き加えることで、健全な自己対話が育まれ、自己肯定感を高め、心のパターンを整えることにつながります。(日常生活の「小さな気づき」と「意図的な選択」が大切だと感じます)
ジャーナリングを始めるためのヒント
- 感情に焦点を当てる: 「今、どんな気持ちか?」と自分に問いかけ、感じている感情(不安、怒り、悲しみ)を言葉にしましょう。
- 肯定的な言葉で締めくくる: ジャーナリングの最後に、「今日もよくやったね」「大丈夫」といった、自分自身を労る言葉を書き添えることで、心の安全を確保しましょう。
- 問いかけを活用する:
「この出来事に対して、なぜこんなに辛いんだろう?」
「本当は、どうしたかった?」
「過去の自分に、今、どんな言葉をかけてあげたい?」
※心や体は日々揺れ動いています。状況やタイミングによっては書くことや話すことで感情が悪化したり、トラウマ体験をより鮮明に思い出して辛くなる可能性があります。特にトラウマが深刻な場合は専門家と相談しながら行うことを推奨します。
ジャーナリング②(メタ認知を鍛える)
RSDの激しい感情(痛みや怒り)の最中に冷静な分析はできません。それは、火事が起こっている最中に消火器の設計図を読むようなものです。しかし、感情が落ち着き、理性が回復した後に、ジャーナリングすることで、拒絶や失敗の経験からくる「やはり私はダメだ」というネガティブな考えを強化するのを防ぎます。
ジャーナリングをすることで、次に同じ状況に遭遇したときの未来への学習データになり、「受け身」の精度を高めることができます。
個人差や年数によって違いはありますが、自分の思考や感情を客観視していく習慣を続けていく(メタ認知を鍛える)と「私は悲しい」という感情の波に飲まれるのではなく、「これは、拒絶から私を守ろうと作動している脳の過剰な警報システム(RSD)であって、 私のせいではない 」と素早く客観視できるようになります。RSDからの回復速度を劇的に高めてくれるといわれています。
また、メタ認知能力が鍛えられると予期せぬ事態が起きたとしても冷静に対応できたり、感情に流されず合理的な判断をできるようになります。あまりにもメタ認知が高い場合、冷静に自分を客観視して成長を促す反面、思考の広さ(選択肢の多さ)から考えすぎてしまうこともありえます。
注意のコントロールをする(ポジティブな脳の回路)
これらの考えのもとにある感情が強ければ、強いほど、それがポジティブなものであれ、ネガティブなものであれ、それだけニューロンの連結は活発になります。ですから、いつもネガティブなことをばかり考えていると、脳の中に不愉快な考え方や不安に通じる高速道路(情報ハイウェイ)ができてしまいます。反対に、喜びや快活さに通じる道は細くなります。p23 敏感すぎるあなたへ 緊張、不安、パニックは自分で断ち切れる – クラウス・ベルンハルト (著), 平野卿子 (翻訳)
ネガティブなことばかり考えていると、脳の中に不愉快な考えや不安に通じる高速道路ができてしまい(「過剰な警報システム」が後天的に強化される)、脳を長い間不安や恐ればかり見るように訓練してしまいます。反対に、喜びや快活さに通じる道(ポジティブな道)は細くなります。
脳にとっては、安らぎより不安を生み出す方がずっと簡単だといわれています。私たちのものの考えに応じて、頭の中には絶えず新たなネットワークが作られています。ポジティブな感情を保存するシナプスをできるだけ多く作れば、私たちの脳も日々の使われ方に応じて変化していきます。
注意制御機能を整える訓練が必要です。良かったこと、好きなこと、この人に会いたい、目標にしていることや達成したいことなどのポジティブな情報を書き出し、それを一日の中で定期的に眺めます。ほかにも嬉しいことや、新しい体験を話す場を作るようにしましょう。(発達障害専門のカウンセラー吉浜ツトム氏はこの方法をPDL(ポジティブデータログ)とユルいメンタルの育て方 精神科医とスピリチュアルヒーラーが「自己肯定感」について語ってみたで定義づけてられています。)定期的に、ポジティブな映像や記憶や人を思い出すようにもしましょう。
その他に注意のコントロール能力を高めるトレーニング方法として注意訓練法(ATT)という方法があります。
様々な方法がありますが、例えば、外出先で複数の音の中からひとつの音を選択し、その音(対象)に一定時間注意を向けたり、一定時間がたったら別の音に注意を切り替えたり。同時に複数の音に注意を向けるなどがあります。
注意訓練法(ATT)とは?やり方や効果、アプリでの実践方法をご紹介【心理士監修】
※ネガティブな高速道路は、長年の経験によって強化されています。新しい脳の回路は、使えば使うほど太くなり、古い回路は細くなりますが、これには継続的な反復を要します。翌日から劇的に効果が得られるわけではありません。
読心術的思考とRSDの悪循環(卵と鶏の関係)
※重要 読心術的思考(トリガー)は、あくま私の経験における1つの認知の仕方であり、RSDのトリガー(引き金)となる認知や行動のパターンは、様々です。
読唇術思考とRSDは卵が先か鶏が先なのか??
この関係性を私の体験を基に、「卵と鶏」の関係として考察していきます。
※RSDは、医学的な病気ではなく、正式な診断でもありません。RSDという概念に対する私個人の考察です。決して自己治療などを推奨するものではありません。
どちらが先かといえば、「鶏(RSDの過敏性)が先」ある可能性が高いです。「読心術的思考」は、RSD(拒絶感受性不快感)の「結果」として生じた防御策であり、同時にRSDの「トリガー」にもなるという、複雑な関係の可能性があります。
鶏(RSD)が卵(読心術的思考)を生む
RSDは、ADHDに付随する極端に敏感な感情警報システムです。
- 耐え難い痛みからの防御: RSDによる「胸を刺されるような痛み」を二度と経験したくないという強烈な動機が、「拒絶を未然に防ぐ」ための行動を生み出します。
- 防御策としての過度な認知: 拒絶を回避するため、常に他者の表情や声のトーンから潜在的な批判や否定を読み取ろうとします。これが「読心術的思考」という防御的な認知の癖として強化されます。
卵(読心術的思考)が鶏(RSD)を増幅させる悪循環
読心術的思考は、RSDの警報システムをさらに増幅させます。
- 認知の歪みによるトリガー: 実際には中立的なコメントや状況でも、読心術的思考によって「私の悪口を言っている」「私を否定している」と解釈します。
- RSDの激しい発動: この誤った解釈(知覚された拒絶)が、強烈なRSDの痛みを自動的に引き起こします。
- 悪循環の完成: 激しい痛みを経験すると、「やはり自分の読心術的思考は正しかった」と認知が強化され、次の読心術的思考がより鋭敏になるという、負のループに陥ります。
反芻(はんすう)が痛みを継続させる
RSDの痛みは、短期間で収まる一過性の警報です。しかし、この一過性の警報を長期間の拷問に変えてしまうのが反芻だと考えます。RSDの激しい痛みが収まった後も、脳はトリガーとなった出来事や言動を何度も繰り返し再生します。
これは、一度鎮静化した警報システムを、意識的に再起動させているようなものです。RSDの苦痛の多くは、過去の拒絶や失敗の記憶が、まるで今起こっているかのように強いネガティブな感情(熱)を伴って蘇る反芻によって増幅される可能性があります。
繰り返しの再生は、その記憶と結びついたネガティブな感情(自己非難、恥、怒り、悲しみ)の神経回路をさらに強化し、不安に通じる高速道路を太くします。過去の拒絶の痛みを二度と味わいたくないという強烈な動機(RSD由来の防衛本能)が、どうすれば二度と拒絶されないかという形で思考の反芻を引き起こしていると考えられます。
反芻の思考内容は、「なぜ自分はこんなことを言われたのか」「やはり私には問題がある」といった自己非難になりがちです。これにより、RSDの痛みは外部からの拒絶から内側からの自己攻撃へと変質します。反芻は自己批判の燃料でもあります。
つまり、読心術的思考がトリガー(引き金)だとすれば、反芻は火薬であり、次回の爆発(RSD)をより激しく、より早く引き起こすための神経的な学習プロセスなのではないでしょうか。
読心術的思考(トリガー)→ RSD(爆発)→ 反芻(火薬)
「読唇術的思考(トリガー)」:相手の表情や態度から、拒絶されていないのに勝手に拒絶を読み取ってしまう瞬間。例:上司が無表情で通り過ぎた。「きっと私のミスに気づいて怒っているに違いない」と勝手に決めつける。
RSD(爆発)「感情の激痛」:トリガーによって引き起こされる、胸を刺されるような耐え難い痛み。例:「全否定された」「会社での居場所がなくなる」と感じ、机で動けなくなるほどの強い悲しみや怒り。
反芻(火薬)「苦痛の持続」:痛みが治まった後も、脳が痛みの原因を何度も繰り返し再生し、記憶をトラウマ化させるプロセス。例:寝る前や移動中に、出来事を頭の中で何十回もリプレイし、「自分が悪いんだ」と自分を責め続ける。
私の場合は読心術的思考が主なトリガーでしたが、ひとによって『引き金』は、過度な一般化や、仕事の失敗への恐怖なども考えられます。
CBT/ジャーナリング
CBTやジャーナリングによる事後の分析は、RSDの激しい感情そのものを消すことはできませんが、「卵(読心術的思考)を殻を向く」役割を果たすのではと考えます。
※認知行動療法(CBT)とRSDの有効性については、未確定です。
RSD「爆発の瞬間」と向き合う4つのステップ
RSDによる「胸を刺されたような痛み(爆発)」が起こった瞬間、理性的な分析(CBTなど)は追いつきません。これは、火事が起こっている最中に消火器の設計図を読むようなものです。感情の波に飲まれず、衝動的な行動(怒りや悲しみ、自己否定)を防ぐために、以下の「受け身」のステップを踏むようにしています。
深呼吸や、ラベリングといった具体的な行動を、理性が働かなくなる瞬間に無意識に発動できるまでには少し時間が必要でした。
※これはあくまでも私個人の緊急時対応の方法であり、ADHDの症状、RSDに対する感じ方(発動の速さ、痛みの強さ、収束の時間など)、対処方法、効果は人それぞれ異なります。効果を保証するものでなく、あくまでもご参考程度にお願い致します。
深呼吸を行う
- 行動: 最もゆっくりとした深呼吸を数回繰り返す。
- 目的: RSDの爆発は心臓が沈み、胃が締め付けられるなどの身体的なパニック反応を伴います。身体のパニック反応を通じて安全に回復します。
感情に「ラベリング」をする
- 行動: 心の中で、あるいは小さく声に出して、感情と自己を切り離す言葉を投げかけます。
- 例: 「これはRSDだ」「見捨てられるかもしれないという不安が活性化しているな」「これは否定されたという考えから怒りや悲しみの激しい感情が生じているな」
- 目的: 感情の最中に「私=痛み」という状態から、「私(観察者)が、痛み(RSD)を経験している」という客観的な距離(メタ認知)を瞬時に作り出し、感情に飲み込まれるのを防ぎます。
ポジティブな記憶を思い出す
- 行動: 次に、心に安全と喜びをもたらすものを思い浮かべます。
- 例: 大切な人や推し、心から楽しかったこと、目標にしていることなど。
- 目的: 感情の熱量を下げ、感情の波を弱めます。
再度、深呼吸を継続する
- 行動: 感情の波が収束するまで、再度、深呼吸を継続します。
- 目的: RSDは通常、短期間で戻ります。この時間稼ぎにより、衝動的な自己批判や他者への怒りの爆発を防ぎ、理性が回復するのを待ちます。「今は嵐が過ぎ去るのを待つ時間だ」と自分に言い聞かせます。
五感を刺激する(感覚刺激による意識の切り替え)
- リラックスできる匂いを嗅ぐ: アロマオイルやハーブなど、気分が落ち着く香りを嗅ぐ。事前に特定の「心地よさ」と結びつけたアロマの匂いを嗅ぐことで、感情の波を弱めます。
- 味覚(強い刺激)の利用:(冷たさ、酸味、辛味、刺激物) 強烈な酸味のキャンディやミントタブレットを舐める。感情的な苦痛から注意を「今、ここにある身体」の感覚に引き戻します。
境界線を引く(you belong to you)
境界線を引くことは「相手を攻撃すること」ではなく、「自分の心の安全基地を守る行動」です。相手に自分の感情の限界(極度に傷つきやすい)や、批判的、否定的な言動を避けてほしいと明確に伝えることは大切です。(他者からの貴重なフィードバックを受け取らないというわけではありません。)「NO」を言う練習(服従の回避)RSDを持つ人は拒絶を恐れて服従に走りやすいため、「NO」を言う練習は、自己を優先する境界線そのものです。
ある時私はインターネットで「ゲシュタルトの祈り」という言葉に出会いました。
この言葉は、他者の期待に応えようと自分を犠牲にするのではなく、「自分は自分、あなたはあなた」という境界線を大切にすることを教えてくれました。
「わたしはわたしの人生を生き、あなたはあなたの人生を生きる。 わたしはあなたの期待にこたえるために生きているのではないし、あなたもわたしの期待にこたえるために生きているのではない。 私は私。あなたはあなた。 もし縁があって、私たちが互いに出会えるならそれは素晴らしいことだ。 しかし出会えないのであれば、それも仕方のないことだ」
「ゲシュタルトの祈り」フリッツ・パールズより
ゲシュタルトの祈りに出会い、他者に無理に合わせるのではなく、そうした違いを受け入れ、「理解できなくてもいい」と少しずつ思えるようになりました。現実には分かり合えない人はいます。もしかしたら、生まれた星が違ったのかもしれません。人はそれぞれ生きる目的が違うのだから、価値感が違えば、良い悪いで判断できるものではありません。
他者がどんな態度を取ろうと、私の価値は変わらないはずだと気づきました。人の気持ちや感情はその人ではないとわからない。私は他人の感情に責任を負う必要はない、相手の感情は私ではなく、相手が対処するものだと理解しました。人によく思われるかどうかは結果であって、それを目的に生きていると生きづらくなります。
境界線を伝えても相手が受け入れない場合、それは相手の選択であり、自分の価値とは無関係でああり、関係の距離を調整する権利があります。人間関係は相互的なものであり、ありのまま自分として生きること、相手に寄り添うことは、必ずしも矛盾するものではないと思います。
心地よい距離感は人それぞれ違います。相手を知ることで、相手の事やお互いの心地の良い距離感が分かって来たり、相手の違う側面(良いところも悪いところも)も見えて来るかもしれません。その時に、相手を許せるのか、それでも共に歩みたいと思うのか。
もし、相手の機嫌を取ろうとしたり、相手に無理に合わせようとして、しんどくなっているのなら、それは、あなたのせいではなく、生きる目的が違うのかもしれません。
あなたはあなた自身にしかなれない。多分、あなたは綺麗すぎる。他人のようにはなれない。だからこそ、今この瞬間のあなたが、あなたの気持ちを大切にしてほしいのです。悲しい時は悲しいって泣いて欲しい、嬉しい時は嬉しいって笑って欲しい。それも含めてあなただから。
自分の感情を否定したり、自分を責めりしないでください。心から湧き上がる感情を大切にして、それを信じてください。
あなたは鎧を脱ぎ、新たな一歩を踏み出せる
ADHDやRSDと付き合う中で、あなたは決して一人ではありません。手を差し伸べ、誰かに頼る安心感を見つけてください。確かな理解と手段があれば、不安や困難を力に変えて進めます。この知識が、あなたの「重い鎧を脱ぐ」新たな一歩となることを願っています。
※全体を通して、これはあくまで私個人的な考えや体験であり、RSDに対する症状や感じ方、対処方法は人それぞれ異なります。
参考ページ
New Insights Into Rejection Sensitive Dysphoria
How ADHD Ignites RSD: Meaning & Medication Solutions
How to Distinguish ADHD’s Rejection Sensitive Dysphoria (RSD) from Bipolar Disorder
3 Defining Features of ADHD That Everyone Overlooks
RSD in ADHD: Symphtoms of Rejection Sensitive Dysphoria
参考書籍
ADHD2.0 特性をパワーに変える科学的な方法 – エドワード・M・ハロウェル (著), ジョン・J・レイティ (著),
敏感すぎるあなたへ 緊張、不安、パニックは自分で断ち切れる – クラウス・ベルンハルト (著), 平野卿子 (翻訳)
ブレイン・マネジメント 脳を自由自在に操る科学的メソッド – 吉濱 ツトム (著)
ユルいメンタルの育て方 精神科医とスピリチュアルヒーラーが「自己肯定感」について語ってみた–西脇 俊二 (著), 吉濱 ツトム (著)
こころが晴れるノート:うつと不安の認知療法自習帳 – 大野 裕 (著)
マイナス思考と上手につきあう 認知療法トレーニング・ブック──心の柔軟体操でつらい気持ちと折り合う力をつける – 竹田 伸也 (著)

