※家庭での教えや価値観が多くの人の心の支えとなり、人生の指針となっていることを、私は心から理解し、尊重しています。この記事が、特定の家庭の教えや価値観を否定したり、価値観を押し付けたりする意図を持たないことをどうかご理解ください。
心の罪と心の自己破産
私は、家族から教わった考えや価値観の中で育ってきました。幼い頃から「幸せな人生を送るためには、常に物事の側面を肯定的に捉え、努力を惜しまず、どんな困難でも乗り越えなければならない」と教えられました。「思いは必ず届く。諦めなければ願いは叶う」という教えもありました。その教えは、私の心の奥底に深く根付いていました。私はただひたすらに、その教えを忠実に守ろうとしていました。
また、「人の本質は、本来優しさを持つもので、どんな人にも必ず良い部分がある」という教えもありました。そのため、私は、誰もが心を通わせられると信じて生きてきました。
どんな人にも必ず良心がある、今の自分の置かれている状況やその人の良い面だけを肯定的に見るようと教えられました。それ故、どんな人との関係も私が努力して歩み寄れば、うまくやっていくことができると信じていました。
いつか相手も私の努力を理解し、歩み寄ってくれるかもしれないという思いを抱いていました。人間は素晴らしい存在であり、どんな人にも良心がある。素晴らしい人間同士なのだから分かり合える。相手には何か理由があるに違いない。私が変われば、相手も変わるかもしれないと。どんな困難な人間関係に直面してもそう信じ、苦しみながらも関係を維持しようともがいていました。
どんな人に対しても、最初から悪意や偏見を持たずに接することができたように思います。また、幼少期において自分には価値があると信じることができました。この教えは、私の心を守ってくれていいました。
家庭の教えや価値観が多くの人にとって、心の支えや人生の道しるべになっていることを私もよく理解し、尊重しています。実際に、その教えのおかげで困難を乗り越えられた人もたくさんいるでしょう。ただ、私にとってはその教えが生きづらさの原因となりました。どんなにその教えに従おうとしても、どうしても乗り越えられない苦しみがあることを、私は知ってしまったのです。
教えの中での理想の自分と現実世界での本当の自分との乖離にもがき苦しみ、「教えを守ること」が幸せにつながると信じていました。現実の私は不完全でした。周囲の期待に応えられず、社会に出るたび、その不完全さはより顕著になり、私は教えと現実の自分とのギャップに、引き裂かれるような痛みを感じていました。
私を救うはずの教えが、なぜ私を苦しめるのかという深い葛藤に直面しました。それこそが私にとっての心の罪でした。教えに反する自分を責め続けるうちに、どんどん、心の借金が膨らんでいきました。そして、その心の借金はいつか返済を求められます。
神様答えてくれよ
心の天秤(教えと現実の狭間で)
いつしか「今が楽しい」という他者の声を聞くと胸が苦しくなり、心の奥底で「こんなにも教えを守っているのに、『いつから私は幸せを感じられなくなったのだろう?』」という声が湧き上がるようになりました。まるで、幸せを閉じ込められた状態にいるかのようでした。そうしてこれまで信んじていた家庭での教えに矛盾を感じ、無理が来て、いよいよどうにかしなければいけなくなり、自分と向き合わざるを得なくなりました。
そんな中で、私は、家族の関係で毎週、病院に面会に行くことがありました。病院の中では、なしかしらの病気を抱えた方と出会い、待合などでお話することがありました。
今でも忘れられません。病院で仲良くなったある女性から「姉の癌はどうしたら治ると思う?」、盲目の女性から「職場に好きな人がいるの。その人とどうすれば結ばれると思う?」と個人的に相談受けたことがあります。藁にもすがるようなその問いかけに対して何も言葉を返すことができませんでした。「努力すれば道は開ける」「思いはきっと届く」と信じていました。この問いは、教えが持つ限界を私に突きつけました。
そのことを家族にも相談しました。「どうにもならないことがある」と伝えられした。その言葉を聞いた時、どんなに努力しても、どんなに信じても、どうすることもできない現実の不条理があるのだと。
私の心に深く根付いていた教えが少しずつ音を立てて崩れ始め、私の進む道が変わったように思います。「なぜ世界はこれほどまでに不条理に満ちているのか」という根源的 な問いが私の心に深く突き刺さりました。
下山(失った羅針盤)
先が見えない、答えが分らない、もがきながら彷徨っていました。この環境から離れたくても、離れる術を知りませんでした。空の飛べない、羽のない背中で。翼が欲しかった。
そんな葛藤の中で出会ったのが、あなたでした。私が教えを辞めるべきか悩んでいると打ち明けると、聡明なあなたは「私とあなたで、細かい違いはあれど、人生をよりよくしたい、目指している所は一緒だと思う。どの登山口から始めるか、どの山道を通るかが違う。もし矛盾や違和感を感じるなら、時には山を降りる勇気も必要かもしれない。足りないものは自分で新しく補っていくのがいいと思う。」と言ってくださいました。その言葉に後押しされ、私は長年歩んできたその山から降りました。
「『思いは必ず届く。諦めなければ願いは叶う』という言葉は、あなたを前に進ませるための、強力な魔法のようなものです。すごく力になるし、信じることで頑張れる。でも、魔法にも限界があると思います。例えば、どんなに願っても空は飛べないし、他の人の心はわからない。だから、この言葉を信じることは、生きる上での強さになる。でも、もしその魔法が効かない場面に出会ったとしても、それはあなたが弱いわけじゃない。」
「私の家の場合は設定が良かった面があります。言うことがころころ変わる、後付け設定で、何事もやってみないと分からない、とにかくやってみよう、やってからまた考えようという家だったんです。」この言葉に、私は衝撃を受けました。後付け設定というまるでシステムのように語る、現実的な姿勢に、ふっと気が抜けた部分もありました。
かつての私を守ってくれていた教えを手放しました。それは、決して教えを否定することではなく、私を守るための役割を終えたことへの感謝でした。ただそれは、絶対的な真理という羅針盤を失い、自らの足で歩き始める、出発点でもありました。
神様は知らない
私たちは皆、生まれた場所、育った家族、所属するコミュニティという、限られた「世界」の中で価値観を形成します。その世界で教えられたルールや常識は、自分にとっての絶対的な真理のように感じられます。その世界の中で日々過ごしているとその価値観が全てになることがあります。
人は知らず知らず、自分の目の前の世界のことが全てのように思ってしまい、その世界の価値観に沿えないと、そんな自分が悪いんだ、一方的に自分がダメだからだと思ってしまいます。
私の育った世界は広いようで狭いものでした。そして、無数の世界の一つに過ぎませんでした。ずっと価値観に合わせようと生きてきました。でも、他の世界に存在する多様な価値観を知ることで、「その価値観が唯一絶対のものではない、自分はダメなのではなく、ただ別の価値観を持っているだけだったんだと」と気づくことができました。
私の場合は、「どんな人とも努力すれば分かり合える」という教えに従ってきました。それはまるで、地図に「どんな道もまっすぐ進めば目的地に着く」と書かれているかのようでした。しかし、現実の世界には曲がりくねった道や、立ち入り禁止の場所もあって、その地図通りに進もうとするたびに、私は迷い、傷つき、引き裂かれていきました。
その場所で教えられた価値観、役割だけが全てでではないんだと。育った世界や出会った人が違えばまた別の道があったかもしれない。良い悪いではなく、一つの価値観だけが全てではないと今は、私は感じています。
誰もが不完全であり、完璧な人間など存在しないし、人間は不完全であり、どんな人の心の内側にも闇があります。そして、現実には分かり合えない人はいます。自分が歩み寄れば、自分に何か問題があるのではと、他者に無理に合わせるのではなく、そうした違いを受け入れ、「理解できなくてもいい」と少しずつ思えるようになりました。もしかしたら、生まれた星が違ったのかもしれません。人はそれぞれ生きる目的が違うのだから、価値基準が違えば、良い悪いで判断できるものではありません。
他者がどんな態度を取ろうと、私の価値は変わらないはずです。人の気持ちや感情はその人ではないとわからない。私は他人の感情に責任を負う必要はないと理解しました。人によく思われるかどうかは結果であって、それを目的に生きていると生きづらくなります。
「本当の私」で一緒にいて、もし関係が切れてしまうのであれば仕方がない。私のことを嫌う人がいても、愛してくれる人もいる。あの人とうまくいかなくてもいい。あの人の機嫌を取る必要はない。みんなと違ってもいい。相手との関係性を手離すほうがいいこともあります。
つらいことや悲しいこと、うまくいかないとき、どうしようもなく立ち止まってしまうような時、現実を解決するのが難しくても、安心して相談できる人、親身になって話を聴いてくれる人、自由に過ごせる場所があるだけで、心は大きく変わると信じています。
孤独な道のりではないことを忘れないでください。手を差し伸べ、つながり、他の人に頼っても大丈夫だと知ってください。知識、理解、そして自分を助ける方法があれば、困難に立ち向かえます。

